これまでの活動に関する主な資料
青柳潤
作家・ダンサーとして活動する青柳潤のこれまでの主な活動資料です。
作品のコンセプトや、チラシ、記録映像などを添付しています。
簡単なプロフィールの後に掲載しています。
2-5『ホットハウス』(株式会社qutori主催 Synchronicity)
1.プロフィール
神奈川県出身。高校から踊り始め、16歳でコンテンポラリーダンスを二見一幸、田保知里に師事。これまで平原慎太郎、二見一幸、小㞍健太、Jiří Pokorný、横山彰乃、島地保武などの作品に出演。
日本大学芸術学部を卒業後、在学中に所属していた平原慎太郎主宰のダンスカンパニー、OrganWorksを脱退し、フリーの振付家・ダンサーとして活動を続ける。過去に東京2020オリンピック開会式やJリーグ30周年記念スペシャルマッチのセレモニーにて、ダンサーとして出演。DaBYレジデンスダンサー。
また振付家としては、2022年から本格的に創作活動を始め、2023年に「がらんどう」という団体を設立する。これまで3回の主催公演や豊岡演劇祭等の外部企画への出展を重ね、現在も活動を広げ続けている。
2.作品資料
2-1『コンナ安全論』
2022/12/03 会場:日本大学芸術学部中ホール
・記録映像
・作品ノート
身体に委ねる覚悟。制限とは不安定である。
表現における理性や論理的なアプローチ(感情ではなく、構造やタスクのみで成立する作品等)が鑑賞者や踊り手の「好み」に繋がることは、この現代では普遍と化している。
手法と捉えられているその概念をそのまま「作品化」し、身体の感覚を感情から離し歪ませることで、踊りのクオリティを物理的に変えていった先の、より生きた身体の境地を目指す。制限を多く設け、その制限を緩めていく事で身体が洗練されていく感覚を見つけたい。
・記録写真
2-2『受能』(がらんどう主催公演)
2023/07/29,30 会場:STスポット
・記録映像
・作品ノート
朝か夜かも分からない、そんな日々が過ぎ去る。
無限だと思っていた地は、日々塗り替わり、音を忘れた鼓動は、今日も彷徨い
続ける。(チラシ掲載文)
朝か夜かも分からない遠い昔。そもそも言語化されていない、豊かに生きる人たち。1日という区切りはなく、昼と夜は生きるために本能で感じ取っていた。豊かな大地の中で心臓の鼓動がよく聞こえていた。
自分の足音、鳥の鳴き声、海の囁き、森の歌、風の語り。
この世で最もうるさいものは何だろう。私の鼓動だ。
静けさとは。私の鼓動だ。静かでなければ聞こえない。永遠に聞こえるもの。
究極鼓動さえなければ、人間がいなくなればこの世界は豊かになるのか。
鼓動は動き続けているのにも関わらず、音は聞こえず生きている実感すら薄らいでいく。生命の喜びにアクセスするには、自分の身体の内と外に耳を傾ける必要がある。
それは電車の構造と非常に似ている。私達は日々電車に揺られているが、外の状態を気にはしない。ましてや内でさえ。そんな受動的姿勢によって日々が無情に過ぎる。
現代の騒音はまさに意識の持ち方によって変わっていく。
鼓動はどんなに我々が受動的になっても能動的に活動し続ける。それを無視して生きることは、私達にとって命を燃やしているということになるのか。
鼓動の受動的な一定なリズム。活動。それに相反する無限の能動性。
それらに我々は少しでも、少しでも近づかなければ。
それが風や森、鳥を奪い、世界を変えた我々に出来る第一歩である。
・チラシ
・記録写真
2-3『終の栖』(がらんどう主催公演)
2024/04/20,21 会場:遊空間 がざびぃ
・記録映像
・作品ノート
これはとある雪山の出来事。
吹雪に埋もれかけた意識は一つの建物を前にどうにか保たれた。
そこは『終の極』と書かれた山荘。
入ると管理人や住人はおらず、人のようなものもいるがまるで動かない。それ以外はがらんとした廃墟のような空間があるのみ。
この場所が何なのか、何が現実なのか、「理解」を促される。ここは本能と理性が試される、死に最も近い社会の部屋。(チラシ掲載文)
終の栖(ついのすみか)とは死ぬまで暮らすと決めた場所、という意味。
この作品は各々の人物同士の関係性や、意思の相違が生活に影響し、それがどう転がり縺れ、歩み出すのかを一つの建物に閉じ込めて進めた話である。
意識を錯覚させ、自分を殺していく世の中。
相手に憑依することで生きていける世界。
足並みを揃えたものだけが社会に適合できる。
世界の更地が犯されていく。
足跡がついて道になる。未知が道に。
道を住処に。住処を栖に。
本作は欠如がキーワード。薬指の欠如。生命(人類)の危機。終とは命の終わり。死ぬまで暮らす栖。つまり必ず死ぬ家。
安心を彷彿させる終の栖は死へと向かうカウントダウンの始まりだった。
ここは何かが欠けていくところ。それぞれが削ぎ落とされ、全員でようやく1人として認識する。欠如に対し、疑念から自我が破綻するか手を取り合うかその選択が運命を決める。相手が理解できなくなる中、ズレ、錯覚、共感覚などを活かし、憑依する事で相手の心情を理解し、個を獲得し発揮できるようになる。
・チラシ
・記録写真
2-4『終の栖』 (豊岡演劇祭2024主催・再演)
2024/09/20,21 会場:芸術文化観光専門職大学・小劇場・そぞろ座
・記録映像
・作品ノート
終の栖(ついのすみか)とは、死を迎える場所、死ぬまで暮らす場所などの意味を持つ。
初演時は、終の栖という山荘に迷い込んだ人々の中で起こるストーリーとして扱ったが、再演である今回は様々な対象の主観を通した栖を扱い、より本質的にコンセプトと結びつける。終の栖を一つの家屋と捉えず、例えば物や虫にとってなどの人間以外の対象も捉え直すことで、より人間の共同生活の中で起こる軋轢や葛藤を意識し、共感覚を通じて他者の理解を図る。
個々の時間の積み重ね方は異なり、好みも違うし、こだわりも見れないものも違う。そうしたもの同士の感覚の差異が時にマイノリティとしても、もといる栖から出ざるを得ない状況もある。その差異を限りなく尊重し合える終の栖を他者を自己に投じることで見つける。
誰もが訪れる死までの時間を少しでも長く強く生きるために、他者の思考を理解し歩み寄る。他者との身体の語らいの中で、自意識を錯覚させ、憑依する事で自身にとっての生の発掘を目指す。
・チラシ、当日パンフレット
・豊岡演劇祭HP(ショーケース)
2-5『ホットハウス』(株式会社qutori主催 Synchronicity)
2025/01/25,26 会場:東急プラザ 銀座6F
・記録映像
・作品ノート
身体が自分の思うように動くこと、動かせることに今一度感謝をする。
全身を使って、自分が自分である、ということを舞台という異空間で共有する。
現代の我々の状況や過去、未来を見据えた上で、新たな世界を作り上げる。
もはやそれらも捨て、人としての生きる喜びに帰ることとで、 「その人」が
滲み出てくる。
それをより多くの「人」と共有したい、ということ。
・イベントレポート(POPUPより)
ホットハウス 2025
「がらんどう」の作品は、ダンスを超えた”存在”そのものを舞台に立たせる。振付や演出の枠を超え、ダンサー自身の身体と意識に委ねることで、表現の本質を探る試みだ。
一般的な振付や即興とは異なり、「がらんどう」のアプローチはその場の空気やダンサー自身のオーラを大切にしながら、身体が”動きたくなる”瞬間を待つ。
この試みは、「ホットハウス」という新作のコンセプトとも共鳴する。地球温暖化というテーマを直接的に扱うのではなく、”地球が熱い部屋となり、人の所在を遠ざける”というファンタジー的な視点を取り入れることで、観客に問いを投げかける。環境の変化によって文明が無力になったとき、人は何を拠り所にするのか——それは、偶然や奇跡のような「シンクロニシティ」なのかもしれない。

・記録写真
2-6『ホットハウス』(がらんどう主催公演)
2025/03/22,23 会場:シアター・バビロンの流れのほとりにて
・記録映像
・作品ノート
身体が自分の思うように動くこと、動かせることに今一度感謝をする。
全身を使って、自分が自分である、ということを舞台という異空間で共有する。
現代の我々の状況や過去、未来を見据えた上で、新たな世界を作り上げる。
もはやそれらも捨て、人としての生きる喜びに帰ることとで、 「その人」が
滲み出てくる。
それをより多くの「人」と共有したい、ということ。
・チラシ
・記録写真
・当日パンフレット
・掲載等
https://natalie.mu/stage/news/615277
(ステージナタリー 2025/03/12)
2-7『物の日』
2025/06/29,30 神楽坂セッションハウス
・記録映像
・作品ノート
本作品はドミノ現象から着想を得ている。「立つ、倒れる」という物と人とで、性質や質感が大きく異なる動きをモチーフに制作した。
・物体の受動的な姿勢を、人に引用してみる。
・倒れることに恐怖心を抱かない。
・動きは何かと何かの連鎖によってのみ生まれる。(ドミノ)
・振付という形の持たないイメージとしての物質を生身の身体を通じて、物体として表面化させる。身体という物質を通過することでようやく振付という概念が立ち上がる。
・物体の無欲な状態を神格化させ、物体になりきることで踊りからエゴを剝奪し、ピュアな踊りを成立させる。
など、様々な人間と物体の関係性を取り上げた。その関係性の割合を我々の身体の状態によって使い分け、最終的には物体に魂が吹き込まれることで、踊り手はフロー状態になり、まるで目的のない旅をしているような感覚を目指す。つまり、人としての意識を覚醒するのではなく、無意識領域に耳を傾けるということ。その時間を観客とシェアし、観客にも劇場ではないどこか遠いところへ行くという疑似体験をしてもらいたい。
・記録写真
2-8 記録映像まとめ
『コンナ安全論』
『受能』
『終の栖』(初演)
『終の栖』(豊岡演劇祭2024 再演)
『ホットハウス』(Synchronicity ワークインプログレス)
『ホットハウス』
『物の日』
あ